加州清光と大和守安定 『愛』されたいのはどっち?

こんにちは、こやです。

台風も去って初夏の陽気が気持ちいいですね。

 

前回たくさん書いたので今日は軽めに一つ、

タイトルの通りですが、

加州清光と大和守安定 『』されたいのはどっちか、

という話をしましょう。

 

一応私の個人的考察なので、

自分と違う結論に辿りつくのが嫌な人は読まないことをおすすめします。

 

あと考察の性質上台詞ネタバレを含みますので嫌な人は気をつけてね。

 

沖田の使う打刀としてキャラデザインが対照的であったり、

何かと因縁のある二人だけど、

加州清光大和守安定の「」という言葉への比重については、

考察しうる部分が大きいと思う。

 

ここでまず紹介したいのは、一見逆なんだけど、

より多く「」を口にするのは安定なんだよね。

 

清光は破壊・重傷とかの容態が重い時に主に「愛」を口にする。

それに対して安定は本丸、ログイン時に「愛して」って言葉を発するんだ。

沖田君の「愛」刀を名乗っているしね。


ボロボロになってる時にしか「」を口に出さない清光と、

元気な時に「」を言う安定とでは、

圧倒的に安定の方が台詞再生されてるはずなんだ。

(清光は初期刀で安定は違うから微妙かもしれないけどそこは置いといて)

 

 しかししばしば我々プレイヤーはとにかく「愛」されたいキャラとして、

加州清光を認定する。

認定するどころか、「刀剣乱舞で愛を求めているキャラ」と言えば加州清光を真っ先に思い浮かべるのが常であろう、それは何故か。


決まっている。

 

重いからだ。

 

刀で言う命に関わる傷を追った時に言う台詞が本音でないはずがない、

刀剣男子といえど我々は人間として認識している。

人間弱った時に本音が出るのは通常のことである。

 

肝心な時にしか言わない方が重く感じる。

色であったり、洋装和装であったりと逆で創られている要素の多い二人だが、

一番大きな差異はここ、愛という言葉を口に出すタイミングではないだろうかと考える。

 

ちょっとそれてしまったけど、じゃあより愛されたいのはどっちか?

っていう話。

そんだけ語ったんだから清光

それともたくさん言うんだから安定

 

決断を出すのは難しい。

ていうかたぶん答えはないし本丸ごとに答えはあるでしょう。

でもここでは私の結論を紹介したい。

 

その上で、あえて避けてきたことを言うのであれば、

 

安定は最期に何を口にするか?

安定清光の決定的なもう一つの違いは。

 

そう、「沖田総司」なんだよね。

安定というキャラは根本に強く強く沖田総司がいる。ここが大きい、決定的な違い。

 

最期に「愛されてたかな」ってプレイヤー側に愛を確認する清光

最期に「沖田君のそばに」って思いを馳せる安定

 

ここから私の得た結論は、

よりただ愛されたい欲求が強いのは加州清光

より『沖田君』に愛されたかったのは大和守安定

なのだろうというものである。

 

本当に愛されたいから、でも自信が無いから、肝心なときにしか愛という言葉を使えないのが清光で、

愛されたい、でも一番愛して欲しい人はもういないからその重みは清光より軽く口から出るのが安定なのではないだろうか。

 

以上、軽めと言いつつしっかり記事を書いてしまいましたが

加州清光と大和守安定 『愛』されたいのはどっち?というブログでした。

 

色々二人ともキャラメイクがとってもステキ。

 特にギャップに弱いこやはあんな穏やかな物腰でオラオラ言っちゃう安定くんが大好き。

中傷絵の挑戦的な視線がゾクゾクしちゃうよね。

pixivなんか見ててもこの二人のCPとかもすごい人気あるようだし、

そうでなくてもこの二人が刀剣乱舞という作品の人気を支える一因であるのは間違いないだろう。

それくらいメインで愛されてるキャラ達だ。

 

よかったね二人とも!!

 

ではまた次の記事でお会いできたらうれしいです。

こやでした。