女児アニメ中毒とピーターパンシンドローム

こんにちは、こやです。

 

twitterで呟いた内容が多いのですが、

私が何故女児向けアニメが好きなのかについて本気で一回考えてみようという趣旨の記事になります。

結構気持ち悪いと思います。

 

まず、私がプリキュアが好きな理由は、彼女達は永遠に大人にならないからです。

1年の任期が終了すればそこで目に見える彼女達の活動は終了する。

パラレルワールド として歴代のプリキュアが一堂に会することがあれば

10年前に活動したプリキュアも今のプリキュアも同じ年代の少女として登場します。

 

彼女たちには思春期の美しい葛藤さえあれど、大人の駆け引きや泥臭い人間関係、希薄な隣人関係を体験する機会は存在しないのです。

メロドラマを経て結婚して出産することもなく永遠に少女として存在し続ける。

憧れとして、ヒロインとして枯れない造花として永遠に学生生活に留まるのです。

開きかけの蕾のような少女は永遠に花開くことはなく、

実を残すことも出来ない代わりにいつまでもいつまでも美しく在り続けます。

 

穢れを知らない美しい少女達の象徴こそがプリキュアなのです。

また、アイカツにも同じ事が言えます。

"恋愛"という要素を遮断されて、言わば去勢された少女達は美しくそして純粋。

しかし彼女達は子どもの姿で、芸能界という枠で大人として振舞う。いわば完結した世界で一種の成熟を遂げているのです。

 

子どもでいながらも完璧な生命体として

アイカツのアイドルたちは君臨する。

体ばかり大人になって、心は子供でいたいと思い続ける哀れなピーターパンの正反対なのです。

 

さて、ここでようやくピーターパンに触れましたが今回は表題を「女児アニメ中毒とピーターパンシンドローム」と銘打っています。

ご存知ピーターパンシンドロームとは大人になれない大人のこと、成熟を拒否することで、今回は病名としてでなく誰もが精神に持つ一抹の「大人になりたくないなぁ」という気持ち、として取り上げたいと思います。

 

ところで、

私たちは少年漫画に何を求めるでしょうか。

敵を倒す爽快感、敵の謎が暴かれる興奮、あるいはスポーツ漫画であれば試合に打ち勝つ感動、壁にぶつかる葛藤の疑似体験?

少女漫画には何を求めるでしょうか。

甘酸っぱい恋愛、不思議な力との邂逅?

 

たぶん、そういった主人公の感動を作品を通して擬似的に経験することを求めているのだと思います。

 

私は女児アニメに、熱く前段で語った、

大人にならないこと」を求めます。

自覚があるんですけど私は相当大人になりたくない成熟拒絶願望があります…

 

大人にならない世界で少女たちが戦い、あるいはアイドル活動をしている姿が3桁の話数で続く女児アニメはこの願望を強く満たしてくれるのです。

大人になりたくない、というとざっくりしすぎるのですが、

働きたくない、とか責任を持ちたくない、とか一人立ちしたくないみたいなぼやーっとした甘えみたいなのが成熟拒絶願望だと思います。

 

 もしかしたら女児アニメ中毒になる人はこの傾向が強いのではないでしょうか。

 あくまで私見なので違うよ!!って人は許してね。

 

 だらだらと書いてしまいましたが、

自分なりに女児アニメにハマった理由みたいなものを考えてみました。

 

 そのほかにもアイカツには「悪人が存在しないこと」というもう一つ私がハマった大きい要素があるのですが、それはまた機会があればまとめたいなぁ。

 

 以上、初めてのアニメ記事でした。

 また次の記事でお会いできたらうれしいです。